ー20歳の私は洗脳されていったー
📖人生どん底ストーリー一覧
① 41歳、借金600万。ここから人生やり直す
② 母子家庭と毒親。私の人生の始まり
③ 母に支配されたくなかった私。反抗
④ 16歳でコンビニバイト。しつこく連絡先を聞いてきた彼
⑤ 義実家同居で始まった監視される生活
⑥子供を置いて家を出た日
⑦子供に誤りに行った日
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義両親との同居生活が始まった
結婚してすぐ、私は義両親と同居することになりました。
義母は一見するととても優しく、
周りからは「良いお母さん」に見える人でした。
でも実際は違いました。
義母はとにかく世間体を気にする人。
そしてよく言われた言葉があります。
「私はあなたの何倍も生きているの。
だから私の言う通りにしていればいい。」
私はまだ20歳。
世間のことも何も知らない子供でした。
だから
「義母の言うことが正しいんだ」
と思うようになっていきました。
気を遣い、
自分の気持ちはどんどん押し殺していきました。
今思えば、少しずつ
洗脳されていったような感覚でした。
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外ではいい人、家では別人
義父も世間体をとても気にする人でした。
外では本当に感じの良い人。
でも家に入ると違いました。
義母に怒鳴り散らし、
昔ながらの亭主関白。
言うことを聞かないと怒鳴る。
そんな家庭でした。
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元旦那も同じだった
元旦那も
そんな両親の元で育った人でした。
外ではとても良い旦那さんに見えます。
でも家では違いました。
毎日、朝から晩までお酒。
気づけばアルコール依存のようになっていました。
仕事のストレスやお金の問題。
結局、同居しても問題は何も変わりませんでした。
夜中に突然起こされて怒鳴られる。
カバンをあさられる。
携帯をチェックされる。
友達とランチに行っただけで
「男と会ってたんじゃないか」
そんな妄想で怒鳴られる日々でした。
義両親のことを相談しても
元旦那は知らないふり。
そしていつも最後は
「お前が悪い」
と言われました。
今思えば完全なモラハラでした。
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監視されているような生活
義両親の家の敷地には
親戚の家もありました。
家を出ると、必ず誰かに会う。
本当に毎回です。
「また出かけるの?」
「どこ行くの?」
常に見られているような生活でした。
まるで監視されているようでした。
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母から逃げたはずだったのに
私は子供の頃、
母親の支配から逃げたくて結婚しました。
でも気づいたんです。
結婚しても
同じ場所にいることに。
また誰かに支配されている生活でした。
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我慢し続けた結果
それでも私は我慢しました。
子育てがあったからです。
子供たちに集中して
周りのことは考えないようにしました。
でもストレスは溜まる一方でした。
私は元々社交的な人間ではありません。
人に気を遣うのも得意ではない。
義両親や親戚に
「いい嫁」を演じ続けるのは本当に辛かった。
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そして私は最低な母親になっていった
ストレスは限界でした。
私は子供たちにイライラをぶつけてしまうようになりました。
すぐ怒る。
怒鳴ってしまう。
きっと子供たちは思っていたと思います。
「ママはよく怒る」
と。
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気づいてしまったこと
ある日、私は気づきました。
これって…
私が子供の頃に思っていたことと同じだと。
「お母さん怖い」
「怒る人」
「この家にいたくない」
私は子供たちに
同じ思いをさせているんじゃないかと。
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心が壊れていった
私はストレスで
摂食障害も再発していました。
食費も増える。
でも誰にも言えませんでした。
母親として恥ずかしかった。
子供たちにも知られたくなかった。
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私はいない方がいいんじゃないか
その頃、私は毎日思っていました。
私がいない方が
みんな幸せなんじゃないか。
私がいなくなれば
子供たちも
元旦那も
ストレスがなくなるんじゃないか。
そう思うようになりました。
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私は家を出ました
そして私はある日、
子供たちを連れていかずに
家を出ました。
義両親がいる。
家もある。
食べ物もある。
元旦那も生活費は入れる。
だから大丈夫だと
自分に言い聞かせました。
私は無一文で
その家を出ました。
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そこから私の人生は
本当のどん底へ落ちていきます。
子供のいない日々。
私はそこで
さらに壊れていくことになります。
KIKI
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🐱ラテ
「ママ、よくここまで耐えてきたニャ…。」
🐱モカ
「でもまだこの時は、人生これから変わるなんて思ってなかったよね。」
🐱ラテ&モカ
「続きは次の記事を読んでニャ🐾」




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