📖人生どん底ストーリー一覧
① 41歳、借金600万。ここから人生やり直す
② 母子家庭と毒親。私の人生の始まり
③ 母に支配されたくなかった私。反抗
④ 16歳でコンビニバイト。しつこく連絡先を聞いてきた彼
⑤ 義実家同居で始まった監視される生活
⑥子供を置いて家を出た日
⑦子供に誤りに行った日
⑧子供達からのSOS。
そして現れた“経営者の彼”
⑨ 婚約指輪を買いに行ったのに
彼は店員を口説いていた
⑩ 母に捨てられて、やっと私は笑えた
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私は経営者の彼の呪縛から解け、
また一から頑張るしかない、そう思っていた。
でもその一方で、不安もずっとあった。
本当に大丈夫なんだろうか。
子どもたちを一人で育てていけるんだろうか。
また生活に追われて、
イライラをぶつけてしまわないだろうか。
毒親に育てられた私は、自己肯定感が低い。
不安に押し潰されそうになると、
心もどんどん不安定になっていく。
そんな気持ちを抱えながら、
子どもたちは元旦那の家で暮らしていた。
相変わらずモラハラはあったけど、
子どもたちは言い返すこともできていたし、
自分の不満も私に話してくれていた。
ただ、「転校はしたくない」という気持ちが強かった。
だから、せめて義務教育が終わるまでは我慢して、
高校生になったタイミングで
また一緒に暮らせたらいいね、そんな話をしていた。
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やがて長女が大学生になる頃。
一人暮らしも考えていたけど、
一番通いやすい場所にあったのが、私の母の家だった。
母は私にとって“毒親”。
でも孫には優しく接していた。
だから長女も抵抗なく、
「しばらくおばあちゃんの家から通う」と決めた。
私も、正直気は進まなかったけど、
母にお願いするしかなかった。
母はとても喜んでいた。
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でも、その生活は長く続かなかった。
数日後、娘から連絡がきた。
「やっぱり、この家無理かも…」
一緒に暮らし始めると、
母の支配的な態度は娘にも向けられていた。
やっぱりか…と思った。
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そんな中、ある出来事が起きた。
下の娘を送るため、
母の運転する車に乗っていた時のこと。
母が突然言った。
「エアコン壊れてるから、あんた買いな。
こっちは面倒見てやってるのに。」
母の家は古く、
エアコンをつけるにはかなりのお金がかかる。
正直、そんな余裕はなかった。
そう伝えた瞬間──
母は豹変した。
車の中で怒鳴り散らし、
ヒステリックに叫び始めた。
「お前の子どもやろ!!」
「離婚の時も勝手なことして!!」
そして最後に言った。
「縁切ったるわ!!
もう二度と会うこともない!!」
そう言って、私は途中で車から降ろされた。
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その瞬間、私は──
なぜか、笑ってしまった。
やっと終わった、と思ったから。
長年縛られていた母の支配から、
やっと解放された気がした。
娘も呆れながら言った。
「私がおってもあの態度できるんやな…」
私たちはただ、苦笑いするしかなかった。
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でも結果的にそれがきっかけで、
長女は私の家から大学に通うことになり、
下の娘も通信高校に進学し、
また一緒に暮らせるようになった。
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私は38歳になっていた。
昼も夜も働き続け、体は限界だった。
体重は40キロを切っていた。
心も体も、もうギリギリだった。
それでも、
「お金がいる」
「子どもたちに苦労させたくない」
その思いだけで動いていた。
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そんな時、ネットで見つけたのが
エステ開業のサポートだった。
話を聞くと、約300万円で開業できるという。
「これなら、今の生活を変えられるかもしれない」
そう思った。
もちろんお金は足りなかった。
でもローンを組めばできると言われた。
迷った。
でも──
「今しかない」
そう思って、私は決断した。
昼の仕事を辞め、
夜のバイトをしながら開業準備を進めていった。
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ここからが、
また新しい地獄の始まりだった。
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🐱ラテモカのコメント
🐱ラテ
「“縁を切られる”って本当はすごく怖いことのはずなのに、
この時のKIKIはやっと自由になれたって笑えたんだにゃ。
長い間縛られてた人が解放された瞬間って、
涙じゃなくて笑いが出ることもあるんだなって思ったニャ」
🐱モカ
「でもね、このあと“希望”だと思って選んだ道が
またママを苦しめることになるなんて…
この時はまだ、誰も知らなかったんだにゃ」
🐱ラテモカ
「どうなっていくのか次回も楽しみだにゃ🐾」




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